「原爆の日」に広島から平和の大切さをアピール

長崎に原爆投下されて72年めのきょう(8月9日)、PEACE ROADのライダーは、朝鮮通信使の道をたどりながら午前に広島平和記念公園に到着。原爆慰霊碑・韓国人犠牲者慰霊塔を巡礼し、平和への祈りを捧げました。

午後1時30分からは同メモリアルホールで「現代の朝鮮通信使ピースロードin広島歓迎会」が行われ、ライダーらは地元議員をはじめとする地元サポーターら約300人に盛大に迎えられました。

歓迎会は、参加者らによる広島・長崎の原爆被害者への黙祷から始まりました。その後、ライダー代表2人が平和メッセージが読み上げました。

主催者を代表して広島県議会議員があいさつ。「PEACE ROADは、心をつなぎながら平和をつなぐ運動」と語り、そして「世界の平和が私たちにとっていかに大切かを再確認し、72年前の長崎の惨禍に心を寄せつつ、平和の大切さをしっかりと考えたい」と訴えました。

その後、「PEACE ROAD」中央実行委員長の遠藤哲也氏(元日朝国交正常化交渉日本代表)が登壇(=写真)。遠藤委員長は、「きょう長崎に原爆が投下され、その前の8月6日に広島に世界で最初の原爆が投下された。この地で大会が行われることは非常に意義がある」と述べました。そして、「追悼の祈りは日本ばかりでなく、朝鮮半島の人々、台湾、捕虜であった連合国の人々、世界中の人々に平和の祈りを捧げるもの」と強調しました。

その後、金寅圭・広島大韓民国総領事館副総領事があいさつし、PEACE ROADが日韓友好をアピールしながら全国を縦断する、いわば現代版「朝鮮通信使」(※)の役割をテーマに掲げていることについて、その意義と価値を高く評価しました。

※朝鮮通信使~室町時代以後、朝鮮国王が日本に派遣した外交使節の、特に1636年(江戸時代前期)以降の名称。 江戸時代には 12回に及んだ。釜山(プサン) から対馬を経て大坂、京都、そして江戸へ東海道を下った。江戸城では国書・進物が献上され,将軍からは返書などが返されたという。通信使によって朱子学をはじめとした中国や朝鮮の先進的な文化がもたらされるなど、両国による文化交流の意義は大きい。

(詳細は会員ニューズレター「平和大使」9月号に掲載予定です)